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| 嘉島町には平成の名水百選に選ばれた「六嘉湧水群」がある水どころ。養殖を支えるのは地元の名水にほかならない。「水は水前寺のりにとって命」と丹生さんは語る。 |
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丹生さんには協力者も多い。水前寺のりを利用した化粧品の開発に携わる金子慎一郎さんと会話も弾む。“サクラン”という含有成分は、保湿性が高いと注目を集めている。
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養殖池の面積は、400平方メートル。清らかな地下水だけで育つ水前寺のりを年間1トン産出する。常に池へ流れ込む清らかな水には異物が含まれないよう細心の注意が払われている。 |
九州の限られた地域に自生する希少な淡水藻の一種・水前寺のり。熊本市「水前寺成趣園(じょうじゅえん)
」の湧水池で発見されたことから名付けられました。上江津湖の発生地は、大正13年(1924)国の史跡名勝天然記念物に指定されました。しかし、水量や水質の変化によりその数が減少し、約20年前には絶滅の危機にひんしてしまいました。現在は特別保護区で保護されていますが、すでに天然の水前寺のりは失われたともいわれています。そんな古里の宝を守ろうと養殖に取り組んでいるのが、丹生慶次郎さんです。県内唯一の養殖家として、水前寺のりを保護・生育し、消費拡大に向けて努力の日々を送っています。

水前寺のりは有明海などで採れる“海苔(のり)”とは違い、“川茸(たけ)”の仲間です。カンテン質でさわやかな緑色と、ぷるぷるとした食感を楽しめる食材として、主に日本料理や精進料理で酢の物やわん物の具として用いられてきました。古くは将軍家への献上品としても珍重され、県を代表する伝統食材「ひご野菜」15品目の一つにも選ばれています。
養殖は丹生さんの父が始めたもので、初めは、水前寺のりに関する文献や新聞記事の保存の手伝いをしていました。しかし、そこで目にした“絶滅の危機”を伝える記事の内容に、丹生さんは危機感を募らせます。「水前寺のりば守りたい。何かよか方法はないか」と、さまざまな文献や記事を独自に分析しながら、水前寺のりを守り、育成する方法について模索する日々を過ごしたのです。

水前寺のりは、生育するための環境を整えることが難しいとされています。きれいな水はもちろん、適度な水温や水流など、さまざまな条件を必要とするため、養殖で育てるのは困難です。丹生さんが、本気で養殖に向き合わなかった理由の一つには、その難しさがありました。しかし、父の後を継いだ時、初めて父が抱き続けた信念の意味を理解できたといいます。
「“天然記念物”ば守るということは、自分の財産ば守ることではなか」。自分の子どもやその次の世代に、「貴重な資源」、「失われつつある文化」を守り伝えるという、大きな意味を持つことに気付いた丹生さん。それは仕事を全うする中で生まれた自覚であり、父と同じ厳しい仕事に向き合う信念となりました。それからは、養殖池に日よけを設け、水流確保のためにポンプを導入するなどして環境を整備。さらに他県の養殖所や天然の生育地域を視察し、成長に最適な条件を独自に分析しては、網を張り、川砂を敷くなどの試行錯誤を重ね、細部に工夫を凝らした養殖池を作り上げました。
それからは自宅から数十キロも離れた養殖場へ二日に一度出掛け、気温と成長具合、収穫量を欠かさず記録してデータに残しています。育成の記録は後継者にとって財産になると、次世代へと受け継ぐ準備に余念がありません。

養殖が軌道に乗ると、自ら地元の郷土料理店や小学校の管理栄養士へその魅力を伝え歩きました。現在は顧客も増え、一昨年度から小学校の給食導入も開始されました。水前寺のり入りのアイスクリームやチーズ、めんなどの新製品のほか、水前寺のりに含まれる物質を利用した化粧品の開発にも協力を惜しみません。
丹生さんは、天然記念物だからといって、ただの“貴重な鑑賞品”として終わらせたくないと考えています。「食べてくれる人がいない水前寺のりは、養殖池で一生を終わるしかなか。県独自の食材だからこそ、地元の人に食べてほしかし、郷土の味が舌の記憶に残ってこそ次世代まで残る」。

「水前寺のりには大きな可能性がある。人の生活の役に立つものとして、必ず後世まで伝え残ると信じとります。それがわたしの願いであり、原動力です」。力強く訴える丹生さんの瞳には、絶えることのない希望が宿っています。