高い足場によじ登り、ひたすら作品に向き合う学生たち。服や手、顔もペンキだらけになりながら、豪快に描いていく。
学生たちが何度も何度も描いた下絵や、当日ペンキまみれにした下絵は、松永准教授の宝物。ごみ箱から拾って大切にファイリングされていた。
リーダーという責任の下、2日間という短期間で仕上げるため、みんなの作業状況を把握しながら、真剣なまなざしで筆を握る山下さん。
熊本市の中心市街地にひときわ目を引く壁画があります。壁だけでなく、シャッターやガラス面にも熊本市の名物、ゆかりのある偉人、肥後六花などが色鮮やかに描かれており、多くの人々の目を楽しませています。
閉鎖された旧「熊本市産業文化会館」の西側の外壁に縦3.5メートル、全長32メートルもの大きな壁画を描いたのは、熊本大学教育学部美術科・松永拓己准教授と、松永ゼミと美術科の28人の学生たち。朝9時から夕方6時までアートパフォーマンスを繰り広げながら、たったの2日間で仕上げました。
この企画は、閉鎖された建物を生かして街に彩りを添えようと、再開発構想に取り組む熊本市が松永准教授に依頼したことから始まりました。松永准教授と学生たちでシャッター部分と壁面とガラス面を5つのグループに分かれて担当。制作までの準備期間は、1カ月余り。それぞれのグループが図案を考えることからスタートしました。
「先生から何度も下絵の修正を指示され、何枚描いたか分かりません」と語るのは、学生代表の山下浩司さん。山下さんは、阿蘇を眺める夏目漱石や肥後山茶花(さざんか)が描かれた壁面を担当しました。「人物、花、背景など、それぞれの得意分野を生かし分担し合って描きました。いつもは頼りない後輩たちが、この時ばかりは、ものすごく頼もしく見えましたね」。共同で作品に取り組むことで、先輩、後輩という年の差を超えて、それぞれの光る部分を互いに認め信頼し合い、妥協のない力作が仕上がったといいます。
壁面とシャッター部分は、油絵の技法で絵具を重ねた立体的な作品に。一方、ガラス面には、ガラスの裏面からアクリル絵具で描く“ガラス絵”というルーマニア近辺に17世紀ごろから伝わる西洋画の伝統技法を用いています。ステンドグラスのような美しい光彩を楽しめるこの技法は民族工芸などに用いられることが多く、巨大な作品は日本ではなかなかお目にかかれません。そこで松永准教授は、学生たちを未知の伝統技法の大作に挑ませました。
このガラス絵を担当した3年生の工藤明日香さん。「ガラスの裏から下絵とは逆向きに、しかも足場に乗って全身を使って描くんです。また、ガラス越しに通行者と目が合ったり!とにかく、ワクワクドキドキの2日間でした」と、新しい創作の魅力を発見した貴重な体験を語る目は、キラキラと輝やいています。
学生たちに能力以上の負荷を与えることで日ごろ眠っている才能が覚醒(かくせい)していき、彼らの成長と底力を目の当たりにしたという松永准教授。「元気を取り戻したい商店街など、県内にはまだまだ壁画制作がお役に立てるところはたくさんあると思うんですよ。いろいろなところが壁画で彩られれば、街を元気に明るくできますね」。
7月4日(土)・5日(日)には、今回と同じ建物の東側に、今度は“熊本県”をテーマとした絵画に取り組みます。新たな作品に挑む学生たちの顔には、自信とやる気がみなぎっていました。