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TOPページ  > くまモンのくまもとしあわせクイズ!! 「認知症サポーター日本一!」

くまモンのくまもとしあわせクイズ!! 今回の“しあわせ”キーワードは…「熊本城」

熊本県の取り組みの基本方針「幸せ実感くまもと4カ年戦略」。
その中から“しあわせ”キーワードをピックアップ。毎月クイズとして出題します!
これまでのしあわせクイズはこちら

全モン(問)正解すると豪華プレゼントに応募できる!!

※全モン正解すると応募フォームが開きます

本丸御膳 お食事券 1名様

江戸時代の武家料理を再現!熊本城「本丸御殿」の中で、殿様気分でいただこう。

応募締切:平成27年3月18日(水)

熊本城は、ある植物の名称からとった別名で呼ばれることがあります。
さて、その別名は何かモン?

  • 銀杏城
  • 桜城
  • 蓮根城

答えを選ぼう!!(何度でもチャレンジできます)

くまモン:オレンジリングは「認知症サポーター」の証だモン!

正解!!

天守閣を見守る
清正公お手植えの木

およそ400年前、加藤清正公が築城し、細川家によって引き継がれた熊本城。「日本三名城」の一つに数えられる威風堂々(いふうどうどう)とした姿は、熊本市街地のほぼ中心にそびえ立ち、熊本県のシンボルともいえる存在です。また、大手旅行サイトの口コミによる「行ってよかった!日本の城」ランキングで2年連続1位を獲得するなど、全国的に人気の高いお城でもあります。
熊本城の別名は「銀杏城(ぎんなんじょう)」。この名は、清正公が築城の際にお手植えされたというイチョウの木に由来します。清正公は亡くなる時、「このイチョウの木が天守閣と同じ高さとなったとき、何か異変が起こるであろう」と予言されたといいます。くしくも明治時代、イチョウが天守閣とほぼ同じ高さに達した時、熊本城は西南の役の戦場となり、天守閣を含む大部分が焼失してしまいました。
現在、天守閣前の広場にある清正公お手植えのイチョウの木は、西南の役で燃えた後に芽吹いた脇芽が成長し、再び大きく茂ったもの。歴史のロマンを感じさせてくれます。
ところで、熊本城は桜の名所としても有名で、「日本さくら名所100選」に選ばれています。また、清正公は非常食として城の外堀でレンコンを栽培しており、それを元に、熊本の代表的な郷土食の一つ「からし蓮根」が作られたといわれています。

清正公は、熊本城内に井戸をたくさん造りました。
さて、いったい幾つ造ったかモン?

  • およそ30基
  • およそ60基
  • およそ120基

答えを選ぼう!!(何度でもチャレンジできます)

くまもん:ボクが
モデルかモン?

不正解

正解!!

籠城戦の経験が生んだ
難攻不落の天下の名城

熊本城内には120を超える井戸が掘られたといわれ、そのうち幾つかは現存しています。清正公がこんなにたくさんの井戸を掘ったのには理由があります。豊臣秀吉公の命により朝鮮に出兵した折、清正公は過酷な籠城戦を経験しました。そこで、熊本城築城の際、籠城への備えを万全とするため、多くの井戸を掘って水を確保したほか、保存食となるよう壁にはかんぴょうを塗り込み、畳にはイモの茎を編み込んだともいわれています。
熊本城は“難攻不落の城”として知られています。上に行くほど傾斜が急になり、よじ登ることができない石垣「武者返し」は特に有名ですが、ほかにも、攻め入った敵を撃退するためのさまざまな工夫が施されています。石垣の上に多数築かれた櫓(やぐら)もその一つ。櫓は、平時は食料や武器の貯蔵庫となり、戦になれば、通路を進む敵に向かって鉄砲や矢で攻撃する拠点となりました。
熊本城には、「宇土櫓」をはじめ、西南の役の戦火をくぐり抜けた櫓が当時の姿のまま現存しており、国の重要文化財に指定されています。また、焼失した櫓や門の復元工事も進んでいます。いずれ、さらに堂々とした佇まいを、私たちに見せてくれることでしょう。

宇土櫓(国指定重要文化財) 武者返し(二様の石垣) くまモン:機能性を考えて造られた強い城なんだモン!

城主の生活と執政の場だった「本丸御殿」は、畳数1570畳、
部屋数53もある立派な建物でした。
でも、玄関は意外な場所に。さて、その場所とはどこかモン?

  • おいしい匂いが漂う、
    台所の中
  • 入る前に建物全体を
    見下ろそう!屋根の上
  • 暗~い、地下通路の中

答えを選ぼう!!(何度でもチャレンジできます)

不正解

正解!!

探してみよう!
熊本城のミステリー

「本丸御殿」は2つの石垣をまたいで建てられたため、全国の御殿建築の中でも大変珍しい地下通路を持つ造りになっています。この通路は「闇(くらが)り通路」と呼ばれ、御殿の正式な玄関はこの中にあります。
「本丸御殿」は清正公によって創建され、西南の役で焼失してしまいましたが、平成20年に、熊本城築城400年を記念して再建されました。この建物にはミステリーがあります。
数ある部屋の中で最も格式が高いのが「昭君之間」。中国・漢の美女「王昭君」の物語が描かれていることからそう名付けられましたが、ここは実は、豊臣秀吉公の遺児である秀頼公を迎え入れるための部屋だったというのです。清正公は秀吉公子飼いの武将。「昭君之間」の読みが「将軍の間」に通じることから生まれた伝説ですが、この部屋には秘密の抜け道があったとか、部屋の前はうぐいす張りの廊下だったなどという話も残っており、熊本城を巡るミステリーの一つになっています。熊本城にはほかにも、なぜかここだけきっちりと石が敷き詰められた「地図石」や、天守閣へと続く“秘密の抜け穴”など、ミステリースポットが点在しています。
もっと熊本城を知りたい方には「くまもとよかとこ案内人の会」がお薦め!ボランティアガイドの皆さんが、ミステリースポットも含め、ガイドブックにも載っていないような熊本城を案内してくれますよ。

>>熊本城公式ホームページ
>>くまもとよかとこ案内人の会

※このクイズへの応募は締め切りました

不正解