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| ■早春に花開く赤い花 |
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東シナ海を一望できる西平地区から西向きに海に下る斜面の、約10ヘクタールの範囲に約2万本といわれるヤブツバキが群生しています。ヤブツバキはヤマツバキとも呼ばれる、園芸植物として品種改良されたツバキの原種です。わが国の暖地に広く自生する常緑広葉樹で、朝鮮半島南部や中国にも分布しています。ツバキの名は厚葉木(あつばき)または艶葉木(つやばき)に由来するといわれます。厚い光沢のある葉が第一の特徴です。早春に花をつけるヤブツバキはわたしたちに馴染み深い花です。花が最もにぎやかになるのは2月から3月ですが、温暖な天草では12月のうちから花が咲き始めますから、12月から3月まで長い期間楽しめます。最近では公園として整備されたところに改良を加えられたツバキの品種がいろいろと植栽され、素朴で自然の雰囲気を楽しむ野生のヤブツバキとともに、青い天草灘の海を背景に演出される春の景色を構成しています。
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| ■なぜ西平の椿は群生するのか |
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普通に山で見かけるヤブツバキはポツンポツンと散在しているのが普通なのに、何故ここ西平では何千本も集まって群生しているのでしょう。気候条件か、土壌条件かと自然の性質で考えたり、誰かが苗を植えて育てたのかと考えたりしますが、これだけの群生地ができるのには、それとは全く別の理由と経緯があるのです。
ヤブツバキの種子は油を多く含んでいて搾れば質の良い油(椿油)が採取でき、農山村における貴重な現金収入となっていました。それで薪にするために山の木を伐るとき、ヤブツバキだけは伐らずに残すように心掛ける、それを長年続けた歴史の積み重ねがヤブツバキの純林とまではいかなくても、ヤブツバキが優占する林を作り上げてきました。ここ西平でも集落に近い平坦な場所は畠になっていますが、開墾しても畠にならないため薪を収穫していた斜面が、ヤブツバキの群生地になっています。苗を植えて育てたのではなく、自然に生えてきたヤブツバキを薪にしなかった結果として群生地が形成されるのです。そして、その心掛けがあるかないかだけのことですから、西平ほどの規模の大きさはなくても、ほどほどの群生地は県内各地にできています。
このように、花を鑑賞する目的で作られた群生地ではなかったのですが、これだけの数が揃い大きく育った古木も多いので早春の開花期は見事です。
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| ■高価で貴重な椿油 |
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ヤブツバキの群生地として最も有名なのは伊豆大島で、民謡にも大島椿と歌われています。椿油も名産ですが観光ポスターなどにヤブツバキの花が大きく扱われ「椿の島」をアピールしています。その他、長崎県・和歌山県・静岡県などにも大きな群生地がありますが、いずれも温暖な地域で椿油の名産地になっています。西平もそれに匹敵する群生地で、旧天草町の町花でもありました。そのツバキの実を絞った天草椿油は特産品として知られています。
椿油は美しい黄色の不乾性油で頭髪用に重用され、艶のある美しい髪を保つには最高とされます。その他にも特性を生かした朱肉用や薬用(軟膏の基礎剤)や時計など精密機械の油などに使われます。食用にすればおいしい油ですが、食べるにはもったいないほど高価です。
椿油の製法は、山から集めてきた種子を砕き、それを蒸籠(せいろ)で蒸して圧搾します。そこで出てきた油が一番油で、搾り粕をもう一度蒸して搾ったものが二番油です。油粕はサポニンを含むので飼料には使えませんが、その毒性を利用して害虫駆除やミミズ駆除に使われました。
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| ■聖花と尊ぶ赤いツバキ |
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フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えた天文18年(1549)以降、キリシタン全盛期を迎えた長崎市の外海(そとめ)地区を、預言者セバスチャンが訪れます。セバスチャンがツバキの幹に指先で十字をしるすと、樹皮にそれが残り、以来ツバキは聖木とされ、信徒の埋葬時には棺にツバキの小枝を入れたといわれています。
また、生月島(いきつきしま:長崎県)の隠れキリシタンのお掛け絵にツバキの花を描いた洗礼者ヨハネの聖画があります。ツバキの花が散るときにはぽとりと花弁が茎から落ちることから、首を斬られたヨハネに関係があるとも伝えられます。
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| 大江天主堂 |
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| 大江天主堂内観 |
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| 天草ロザリオ館 |
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| 崎津天主堂 |
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| 漁村に建つ崎津天主堂 |
やがて天草にキリスト教が伝えられ、当時の有力者であった支岐(しき)氏や天草氏が外国との交易を求めて布教に協力し、領民にも急速にキリシタン信仰が広がっていきました。その後、禁教の時代が始まると、キリシタン弾圧の中で信徒たちは潜伏して信仰を守り続けました。明治6年(1873)に、キリシタン禁制が解かれると、天草の大江に長崎から一人の漁夫が布教にやって来ました。名を西政吉といい、セバスチャンの教えとともに信仰のシンボルとしての聖なるツバキを伝え、天草のキリシタン復活に影響を与えたのではないかといわれています。
一般に、ツバキの花は首折れするので屋敷内に植えたり、墓に供花することは嫌われますが、ここ大江地区ではカトリック信者の墓に赤いヤブツバキを供えます。「わたしたちの宗教は、いつまでも“かたし”(堅い実の意:天草の方言でヤブツバキの実を言う)ということで、この花を差しています」と、かつて信徒が話したそうです。
信仰を堅く守り続ける証しとしての赤いツバキの花は、西平の椿から車で約15分の大江天主堂の天井の装飾にもあしらわれています。この大江天主堂は、明治25年(1891)に大江に着任したガルニエ神父が私財を投じて建てたものです。フランス生まれの神父は、昭和16年(1941)に亡くなるまで大江の人々とともに生き、「パーテルさん」と呼ばれ慕われた人です。このパーテルさんを訪ねて与謝野鉄幹をはじめ北原白秋など五人の「五足の靴」がこの地を旅してから、今年で百年にあたります。また、丘の上にある教会に登る入り口には天草ロザリオ館があって、隠れキリシタンの貴重な遺物を見ることができます。
大江天主堂から南に約15キロメートルの港町崎津(さきつ)も、隠れキリシタンの地として知られています。海の天主堂とも呼ばれるゴシック様式の崎津天主堂は、ロマネスク様式の大江天主堂と同様に東洋と西洋の文化の融合した貴重な文化財で、内部は教会建築では珍しい畳敷きです。また教会が建つ港一帯は日本の渚百選に選ばれた美しいたたずまいで有名です。
近くには、県指定天然記念物の「巴崎のハマジンチョウ」、樹齢150年の「富岡小学校の雀榕」があります。
※「樹齢150年の富岡小学校の雀榕」はこちらから
http://www.kininaru-k.jp/bns/back_doc/07262007/roujyu.html