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第341号

2008年1月10日

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週刊連載記事 老樹名木が語る「ふるさとの自然・歴史・暮らし」
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週刊連載記事 老樹名木が語る「ふるさとの自然・歴史・暮らし」
 老樹名木は、数百年あるいは数千年以上も地域の人々の暮らしとともに生き続け、語り継がれる物語や伝説をはぐくんだり、ご神木として敬われたりして、人々の心のよりどころになっています。これらは、先祖から受け継いだ県民の財産として、子孫に守り伝えなければならない宝です。熊本の自然やそれにまつわる人々の思いなどを織り込み、熊本の代表的な「老樹名木」を連載で紹介します。
 今回は、天草市にある市指定天然記念物の「西平(にしびら)の椿」と玉名郡和水町(なごみまち)にある県指定天然記念物の「上十町権現(かみじっちょうごんげん)の石櫧(いちいがし)」を紹介します。


西平(にしびら)の椿(天草市)

■広大な丘陵に咲き誇るヤブツバキ
ヤブツバキ
市指定天然記念物
 低山丘陵地によく見られるヤブツバキは、椿油を取るために伐らずに残されて純林のようになることがあります。ここのヤブツバキ林は天草一の広さを誇ります。2〜3月の開花の時期には天草灘と一体になった眺望や、落花が敷き詰められた林床が美しいところです。
■早春に花開く赤い花
 東シナ海を一望できる西平地区から西向きに海に下る斜面の、約10ヘクタールの範囲に約2万本といわれるヤブツバキが群生しています。ヤブツバキはヤマツバキとも呼ばれる、園芸植物として品種改良されたツバキの原種です。わが国の暖地に広く自生する常緑広葉樹で、朝鮮半島南部や中国にも分布しています。ツバキの名は厚葉木(あつばき)または艶葉木(つやばき)に由来するといわれます。厚い光沢のある葉が第一の特徴です。早春に花をつけるヤブツバキはわたしたちに馴染み深い花です。花が最もにぎやかになるのは2月から3月ですが、温暖な天草では12月のうちから花が咲き始めますから、12月から3月まで長い期間楽しめます。最近では公園として整備されたところに改良を加えられたツバキの品種がいろいろと植栽され、素朴で自然の雰囲気を楽しむ野生のヤブツバキとともに、青い天草灘の海を背景に演出される春の景色を構成しています。
■なぜ西平の椿は群生するのか
 普通に山で見かけるヤブツバキはポツンポツンと散在しているのが普通なのに、何故ここ西平では何千本も集まって群生しているのでしょう。気候条件か、土壌条件かと自然の性質で考えたり、誰かが苗を植えて育てたのかと考えたりしますが、これだけの群生地ができるのには、それとは全く別の理由と経緯があるのです。
 ヤブツバキの種子は油を多く含んでいて搾れば質の良い油(椿油)が採取でき、農山村における貴重な現金収入となっていました。それで薪にするために山の木を伐るとき、ヤブツバキだけは伐らずに残すように心掛ける、それを長年続けた歴史の積み重ねがヤブツバキの純林とまではいかなくても、ヤブツバキが優占する林を作り上げてきました。ここ西平でも集落に近い平坦な場所は畠になっていますが、開墾しても畠にならないため薪を収穫していた斜面が、ヤブツバキの群生地になっています。苗を植えて育てたのではなく、自然に生えてきたヤブツバキを薪にしなかった結果として群生地が形成されるのです。そして、その心掛けがあるかないかだけのことですから、西平ほどの規模の大きさはなくても、ほどほどの群生地は県内各地にできています。
 このように、花を鑑賞する目的で作られた群生地ではなかったのですが、これだけの数が揃い大きく育った古木も多いので早春の開花期は見事です。
■高価で貴重な椿油
特産品の「天草椿油」
(天草市天草支所提供)
 ヤブツバキの群生地として最も有名なのは伊豆大島で、民謡にも大島椿と歌われています。椿油も名産ですが観光ポスターなどにヤブツバキの花が大きく扱われ「椿の島」をアピールしています。その他、長崎県・和歌山県・静岡県などにも大きな群生地がありますが、いずれも温暖な地域で椿油の名産地になっています。西平もそれに匹敵する群生地で、旧天草町の町花でもありました。そのツバキの実を絞った天草椿油は特産品として知られています。
 椿油は美しい黄色の不乾性油で頭髪用に重用され、艶のある美しい髪を保つには最高とされます。その他にも特性を生かした朱肉用や薬用(軟膏の基礎剤)や時計など精密機械の油などに使われます。食用にすればおいしい油ですが、食べるにはもったいないほど高価です。
 椿油の製法は、山から集めてきた種子を砕き、それを蒸籠(せいろ)で蒸して圧搾します。そこで出てきた油が一番油で、搾り粕をもう一度蒸して搾ったものが二番油です。油粕はサポニンを含むので飼料には使えませんが、その毒性を利用して害虫駆除やミミズ駆除に使われました。
■聖花と尊ぶ赤いツバキ
 フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えた天文18年(1549)以降、キリシタン全盛期を迎えた長崎市の外海(そとめ)地区を、預言者セバスチャンが訪れます。セバスチャンがツバキの幹に指先で十字をしるすと、樹皮にそれが残り、以来ツバキは聖木とされ、信徒の埋葬時には棺にツバキの小枝を入れたといわれています。
 また、生月島(いきつきしま:長崎県)の隠れキリシタンのお掛け絵にツバキの花を描いた洗礼者ヨハネの聖画があります。ツバキの花が散るときにはぽとりと花弁が茎から落ちることから、首を斬られたヨハネに関係があるとも伝えられます。
大江天主堂
大江天主堂内観
天草ロザリオ館
崎津天主堂
漁村に建つ崎津天主堂
 やがて天草にキリスト教が伝えられ、当時の有力者であった支岐(しき)氏や天草氏が外国との交易を求めて布教に協力し、領民にも急速にキリシタン信仰が広がっていきました。その後、禁教の時代が始まると、キリシタン弾圧の中で信徒たちは潜伏して信仰を守り続けました。明治6年(1873)に、キリシタン禁制が解かれると、天草の大江に長崎から一人の漁夫が布教にやって来ました。名を西政吉といい、セバスチャンの教えとともに信仰のシンボルとしての聖なるツバキを伝え、天草のキリシタン復活に影響を与えたのではないかといわれています。
 一般に、ツバキの花は首折れするので屋敷内に植えたり、墓に供花することは嫌われますが、ここ大江地区ではカトリック信者の墓に赤いヤブツバキを供えます。「わたしたちの宗教は、いつまでも“かたし”(堅い実の意:天草の方言でヤブツバキの実を言う)ということで、この花を差しています」と、かつて信徒が話したそうです。
 信仰を堅く守り続ける証しとしての赤いツバキの花は、西平の椿から車で約15分の大江天主堂の天井の装飾にもあしらわれています。この大江天主堂は、明治25年(1891)に大江に着任したガルニエ神父が私財を投じて建てたものです。フランス生まれの神父は、昭和16年(1941)に亡くなるまで大江の人々とともに生き、「パーテルさん」と呼ばれ慕われた人です。このパーテルさんを訪ねて与謝野鉄幹をはじめ北原白秋など五人の「五足の靴」がこの地を旅してから、今年で百年にあたります。また、丘の上にある教会に登る入り口には天草ロザリオ館があって、隠れキリシタンの貴重な遺物を見ることができます。
 大江天主堂から南に約15キロメートルの港町崎津(さきつ)も、隠れキリシタンの地として知られています。海の天主堂とも呼ばれるゴシック様式の崎津天主堂は、ロマネスク様式の大江天主堂と同様に東洋と西洋の文化の融合した貴重な文化財で、内部は教会建築では珍しい畳敷きです。また教会が建つ港一帯は日本の渚百選に選ばれた美しいたたずまいで有名です。

 近くには、県指定天然記念物の「巴崎のハマジンチョウ」、樹齢150年の「富岡小学校の雀榕」があります。

※「樹齢150年の富岡小学校の雀榕」はこちらから
http://www.kininaru-k.jp/bns/back_doc/07262007/roujyu.html


[案内図]
所在地:
天草市天草町大江
 
国道389号を南下、高浜を過ぎ、西平椿公園案内板がある所を右折し、西平集落に下る。集落を過ぎると西平椿公園。駐車場有り、徒歩で遊歩道を、椿林まで下る。
   



樹齢800年の上十町権現(かみじっちょうごんげん)の
石櫧(いちいがし)(玉名郡和水町)
■県下最大級を誇る権現様のイチイガシ
イチイガシ
県指定天然記念物
樹齢   
(推定)800年
幹囲   
8.5メートル
樹高   
25メートル
 この樹は上十町権現のご神木であると同時に、この地区のシンボルです。周囲の杉林より上に大きく枝を張り、林内の参道を登っていくとその巨大な幹の姿に驚きます。県内最大級のイチイガシです。
■鎮守の森の大樹
 福岡県との県境に近い猿懸(さるかけ、猿掛とも書く)の集落に接する小高い丘にあるイチイガシです。猿懸峠を越えて福岡県に入る県道(玉名立花線)から眺めても、林の中から1本だけすーっと突き抜けてそびえ、上の方に大きく枝を広げた独特の姿で立っているのがわかります。周囲から見てよく目立つ樹で、村のシンボルにも目印にもなっているだけでなく、地域の誇りでもあります。
 県道から集落に入り、人家の横の古びた石段の参道を登っていくと社殿があります。熊野権現を祀る猿懸熊野座神社ですが、地元では地名の上十町をつけて「上十町権現」と呼び、その名が県の天然記念物指定の名称に使われています。イチイガシはその左手50メートルほどの、急斜面のスギ木立の中に立っているご神木です。
 幹囲8.5メートルの大きな幹が堂々と立ち、根本から数本の板根(ばんこん:板状に発達した根)が横に張り出して幹をしっかりと支えています。また、根本には大きな瘤が3個あり、主幹との隙間にはそこで芽生えた木が育っています。地上7メートルほどで幹が二又になったところに生えた木もあり、さらに幹にはツタが絡みノキシノブが着生しているなど賑やかなことです。イチイガシ自身も多数の枝を四方に広げ、その枝張りは東西南北にそれぞれ15〜20メートル伸びています。
 大きく葉の茂った部分が他の木々より高く抜きん出て、いかにも風の影響を強く受けそうな樹形になっています。しかし、昔は社叢に大きなシイやカシが大きく茂っていたので、森の木々が互いに助け合ってイチイガシをこの大きさにまで育ててくれたのでしょう。ところが、第二次世界大戦が終わった後、空襲で焼けた国土復興に木材が不足し、将来のために資源を確保しようと次々に雑木の山を伐ってスギの植林が行われました。そのため、現在見るように周辺が低いスギやモウソウチクやマダケの林に囲まれた状態になりました。
 この樹が風で大きな傷害を受けたのは昭和10年ころに来襲した台風のときで、見事な大枝が吹き折られてしまったそうです。その後も台風は何回も襲来しましたが、枝が折れることはあっても、そのときのような大被害はないとのことです。ここが台風の被害を受けにくい地形なのか、この樹が風に強いからか、理由はわかりませんが有難いことです。林の中の地面には落ち葉が厚く堆積して日陰の草が密生し、この樹にとって住み心地の良さそうな環境になっています。
 このイチイガシは上十町権現のご神木として人々の崇敬を集め、毎年行われる祭礼もこの大きなご神木が見つめる下で行われます。また、根本の空洞には大黒様と恵比寿様がひっそりと祀られています。
■食用にもされたイチイガシ
 イチイガシは本州南部から四国や九州の温暖な山地に自生する常緑広葉樹で、大木になります。葉の表面は鮮やかな緑色ですが、裏面は灰黄白色で小枝とともに淡黄褐色の毛があり、そのことで他のカシ類と区別がつきます。カシ類は材質が堅く強靭で重く、弾性が高くて水湿に強く、きれいに割ることができる長所もあって、日本産の常緑カシ類の材は良質と世界的に高く評価されています。県内に産する常緑カシ類は8種ですが、樹種ごとの特性に応じていろいろな用途に使われています。とくにイチイガシの材は上記の特性に加えて、長材でも容易に割ることができるので舟の櫓(ろ)を作るのに最適で、櫓樫(ろがし)とも呼ばれるほどです。
 果実はいわゆる団栗(どんぐり)です。帽子をかぶった独特の形で子どもたちにも馴染みのものですが、イチイガシの実はやや大型で渋みがなく、シイに似て美味なので古い時代から食用にされてきました。県内では昭和62年(1987)年に宇土市の曽畑(そばた)貝塚からイチイガシの実(どんぐり)が大量に出土し、秋に拾い集めて1年中食べられるように貯えたのだろうと、古代の生活が大きな話題になりました。

 近くには、県指定天然記念物の樹齢800年の「山森阿蘇(やまもりあそ)神社の樟(くす)」、隣接する南関町には県指定天然記念物の樹齢500年の「大津山下ツ宮(おおつやましもつみや)の椋(むくのき)」、町指定天然記念物の樹齢300年の「石井家の彼岸桜」、町指定天然記念物の樹齢400年の「小原(こばる)の石櫧(いちいがし)」、町指定天然記念物の樹齢300年の「乙丸の黐(もちのき)」、町指定天然記念物の樹齢100年の「肥猪(こえい)の枝垂桜」があります。

※「樹齢800年の山森阿蘇(やまもりあそ)神社の樟(くす)」はこちらから
http://www.kininaru-k.jp/bns/back_doc/05022007/roujyu.html

※「樹齢500年の大津山下ツ宮(おおつやましもつみや)の椋(むくのき)」はこちらから
http://www.kininaru-k.jp/bns/back_doc/07122007/roujyu.html


[案内図]
所在地:
玉名郡和水町上十町
 
国道443号を三加和総合支所方面へ。支所近くの交差点を直進して約4.5キロメートル、右手に三加和鉱山があり、橋を渡ってすぐ左手に入る。
 

本文中の写真および地図については
(財)くまもと緑の財団発行の
「くまもとの老樹名木ガイド」より転載
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