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第344号

2008年1月31日

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週刊連載記事 老樹名木が語る「ふるさとの自然・歴史・暮らし」
 老樹名木は、数百年あるいは数千年以上も地域の人々の暮らしとともに生き続け、語り継がれる物語や伝説をはぐくんだり、ご神木として敬われたりして、人々の心のよりどころになっています。これらは、先祖から受け継いだ県民の財産として、子孫に守り伝えなければならない宝です。熊本の自然やそれにまつわる人々の思いなどを織り込み、熊本の代表的な「老樹名木」を連載で紹介します。
 今回は、上天草市(かみあまくさし)大矢野町(おおやのまち)にあるふるさと熊本の樹木の「登立天満宮(のぼりたててんまんぐう)の船繋ぎ樟(ふなつなぎくす)」と、同じく松島町(まつしままち)にある市指定天然記念物の「野の川の黐(もちのき)」を紹介します。


樹齢400年の登立天満宮の船繋ぎ樟(上天草市大矢野町)
■港の歴史を見てきた老樹
クスノキ
ふるさと熊本の樹木
樹齢   
(推定)400年
幹囲   
5.4メートル
樹高   
18.5メートル
 大矢野島の登立港を過ぎた小高い場所にある天満宮の石垣の上に、港と旧国道を見下ろすように堂々とそびえています。その根元に立つと昔の入り江の地形が想像でき、船繋ぎの名が納得できます。
■航海の安全を見守ってきた船繋ぎのご神木
 大矢野町の旧国道沿いの登立(のぼりたて)地区に鎮座する登立天満宮の境内に、大小の枝を四方八方に伸ばして樹勢良く茂っている大きなクスノキがあります。この樹が「船繋ぎの樟」と呼ばれるように、昔は東北の方向から入り江が深く入り込み、その最奥部である神社の石垣のあたりまでが海だったのです。今では埋め立てられて周囲を道路と住宅で囲まれていますが、そう思って周囲の地形を見回してみると、現在の港から遠く離れた位置まで入り込んでいた海の形など、昔の面影が見えてきます。
 このクスノキは神社の石段を登って鳥居をくぐった左側、道路から見上げる石垣の上に立っています。現在の道路よりも5メートルくらい高いので、入り江が干拓される前の海面より随分高いことになります。それで、船を繋ぐにはずいぶん長い網を使ったのか、実際は海岸に近いほかの樹木に繋いでいたのかとも考えられます。または、この樹が天満宮の境内にあるので航海の安全を祈願するご神木として崇められ、「船繋ぎの樟」と呼ばれたのかもしれません。
■登立天満宮と天草・島原の乱
 慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いで東軍についた肥前(佐賀県)唐津城主・寺沢広高は、慶長8年(1603)に、敗れた西軍の小西行長の領地の一部であった天草の土地を与えられ、慶長10年(1605)、貧しい農民たちの大きな犠牲のもとに富岡城を築いて天草を支配しました。キリシタンの保護者を失った天草では、以来、寛永14年(1637)の天草・島原の乱まで、過酷な年貢の取り立てに加えて厳しいキリシタン弾圧が続きました。
 天草・島原の乱は、それに耐えかねた人たちが死を決してほう起した、わが国の歴史上最も大きな宗教戦争であり、農民による一揆であるといわれます。キリシタン大名であった小西の残党は大矢野島などに隠れ棲み、16歳の美少年天草四郎をリーダーに、農民までを結集した一揆軍を組織します。大矢野島はその天草四郎が生まれ育った島とも伝えられ、天草・島原の乱の中心に位置する島でした。四郎の率いる一揆軍のシンボルとなった陣中旗は、十字軍旗、ジャンヌダルク旗とともに世界三大聖旗といわれますが、国の重要文化財に指定されています。この陣中旗は、少し離れますが天草市(旧本渡市)の天草切支丹館に展示されています。また、国道266号沿いの天草四郎メモリアルホールがある公園に建つ四郎像の墓碑銘には、「寛永15年2月28日、原城(はらじょう)内の会堂に於いて細川藩士陣佐左衛門のために討たる。年、時に十六歳の蕾であった(後略)」と刻まれ、端正な顔立ちの少年が右手を高く上げ、左手を胸に、天草の海を高台から見つめています。
 登立天満宮は登立菅原神社とも呼ばれるように、祭神は菅原道真(すがわらみちざね)公です。昭和初期に各地区の神様を鎮座させたため、その他に平影清(たいらのかげきよ)、大物主神(おおものぬしのかみ)、須佐之男神(すさのおのかみ)、猿田彦(さるたひこ)、加藤清正なども祀られています。創立は寛永年間といわれ、登立の休谷に鎮座していましたが、寛永14年(1637)の天草・島原の乱が治まった寛永17年(1640)に現在の鳥居のある場所に移り、さらに明暦2年(1656)に現在地に遷座しました。現在の社殿は平成元年(1989)に再建されたものです。
■夏の夜に行われる「うそ替え」の神事
 毎年7月24日の夏祭では夜に「うそ替え」が行われ、大勢の参拝客で賑わいます。「うそ替え」は菅原道真公を祀る天満宮で行われる祭日神事で、一般には1月7日か25日に行われるものですが、ここでは夏祭として行われます。「うそ替え」は、道真公のお使い鳥である鷽(うそ)の木彫り、または、鷽を印刷した札を買い、参拝者同士で「替えましょか」「替えよ」と交換し合って回ります。そして、群集に紛れ込んでいた神官の持つ「金うそ」あるいは「あたり札」を最後に替え持っていた人がその年の幸運を得るという神事です。
 登立天満宮の「うそ替え」は、道真公が太宰府で蜂に襲われたとき、鷽が現われて蜂を撃退したとの伝説にちなんで、昭和2年(1927)に始められました。参拝者は白木で作った厄除けの鷽鳥を交換しあい、幸運な人が鷽鳥に記入された番号により景品にあたります。この登立天満宮の夏祭りは県内でも有名な「うそ替え」です。
■大矢野島の表玄関だった登立港
 登立港は九州本土や天草の島々との交通を繋ぐ交通の要衝で、大矢野島の表玄関でした。天草五橋が架かるまでは三角(みすみ)港からの定期船が頻繁に発着する港として栄えたところです。天草架橋によって西側にバイパス(現在の国道266号)が開通するまでは、港の横を海沿いに走り天満宮の下を通る旧国道がバスの通る唯一の道で、登立にはバスターミナルがあって、島内を巡回するバスだけでなく、架橋後のバイパス開通までは本渡方面行きのバスなどもここから出ていました。
 大矢野島はたくさんの入江が深く入り込んで、海底に住むヒトデのような形をした島です。その入江の地形を利用して天草で最初の干拓が行われたことでも有名です。八代平野や玉名平野のような大規模干拓ではありませんが、農地の確保を目指して島の大きさに見合った小さい干拓が各地で行われました。そのため、現在では海岸から離れているにもかかわらず、登立地区だけでも「積米」「寄船」「西浦」「大潟」など海との関連を示す地名や「新田」のような開拓地名が残されています。
■全国に知られた「カスミソウ」と「クルマエビ」
 大矢野島は温暖な気候を利用した花卉栽培で有名です。人気のカスミソウは、熊本が全国一位の生産県ですが、ここ大矢野のものが多く出荷されています。神馬(じんば)という品種のボリューム感のある大輪ギクやカサブランカ、ハイブリッド系のユリなどの栽培も盛んです。
 また、大矢野島は九州の酪農発祥の地として知られ、早くからその進取の気性が目立っていました。クルマエビの養殖も県内最大規模で、全国でもトップクラスを誇りますが、これも明治38年(1905)に維和村(いわむら:現在の大矢野町維和)で始まったのが県内で最初です。その後、東京や関西方面に出荷され、昭和に入ると「肥後海老(ひごえび)」として市場の評価が高まりました。このほか、柑橘(かんきつ)類の生産も盛んで、外観が美しく、果肉が真珠色に輝くことから名づけられた上品な味のパール柑や、出荷時期が3月から6月と柑橘類の中では最も遅い天草晩柑(ばんかん)が有名で、晩柑の熊本県の生産量は全国トップです。
 また、宇土半島と天草上島を結ぶ国道266号は、この地域の名産品である真珠にちなんで「天草パールライン」と呼ばれています。「遅いあなたが主役です」のキャッチフレーズで知られる「天草パールラインマラソン」は、健康マラソンの草分けとして昭和48年(1973)に始まり、今では全国から多数の参加がある早春を飾る大矢野の風物詩です。

 近くには、「天草松島の松」と、宇土市赤瀬町の市指定天然記念物の樹齢100年〜150年の「赤瀬のお葉付き銀杏」があります。

※「樹齢100年〜150年の赤瀬のお葉付き銀杏」はこちらから
http://www.kininaru-k.jp/bns/back_doc/09202007/roujyu.html


[案内図]
所在地:
上天草市大矢野町登立
 
国道266号で大矢野町へ入る。ヒライの弁当のあるY字交差点で左に入り、旧道を港沿いに走る。港を通り過ぎた所、左側に登立天満宮。
 



樹齢300年の野の川の黐(上天草市松島町)

■住民の手で守られた地域のシンボル
クロガネモチ
市指定天然記念物
樹齢   
(推定)300年
幹囲   
2.8メートル
樹高   
11.5メートル
 樹齢300年と推定されるクロガネモチの古木です。樹形が良いので買いたいとの申し出を何度も受けましたが、所有者が守り続け、昭和58年(1983)に旧松島町天然記念物に指定されました。今では、地域のシンボルとして、地域の人たちから大切に保護されています。
 とても姿の良いクロガネモチの大樹で、一目見て300年の年輪を美しく積み重ねてきたと感じる樹ですが、近くに行かないとわからない場所に生えていますから、道を訊ねながら行く必要があります。農道に入って、くねくねした道を300メートルほど進むと、この美しい樹が見えてきます。根元には小さな地蔵堂があります。そのお堂の前を行き交う人たちを、このモチノキは、300年という長い間見守ってきたのです。
■庭木として美しいクロガネモチ
 クロガネモチはモチノキ科の常緑広葉樹で、本州南部・四国・九州の暖地から沖縄・台湾やインドシナ半島にまで分布します。赤い実が美しい庭木として知られ、世間でふつう「もちのき」と呼んでいるのはクロガネモチで、植物学的にいえば別種のモチノキではありません。このことを知っている人の中には、モチノキを「ほんもち」と呼んでクロガネモチと区別する人もいます。ただし、本当のモチノキはクロガネモチに較べて赤い実の着き方がまばらなので、庭木として利用することはありません。
 雌雄異種なので、雄株を植えたら実がなりません。しかし、庭に植えるときには植木屋さんが雌株を選んで苗を作り、植えてくれるので大丈夫です。こういうと、雌株だけを植えて実がなるかと心配する人がいますが、九州では近くの山に雄株がたくさん生えていますから、花粉は自然の中から自然に供給されて赤い実がなります。
 和名は、本当のモチノキに較べて若枝や葉柄が紫黒色になるので、黒金(くろがね)色を帯びたモチノキの意味です。初夏に淡い紫色の小さい花がたくさん咲き、秋から冬にかけて真っ赤な実がたわわに稔り、野鳥が集まってきてついばみます。実のついた枝は生花の材料にも使われ、また、材は加工しやすくて器具材や彫刻材に使われます。
■「とりもち」の原料になる木
 モチノキという名は、樹皮などに鳥糯(とりもち)物質を含む木の意味です。「とりもち」はゴム状の粘着性のある物質で、鳥や虫などを捕獲するのに用いられ、古くは紙に塗って蠅取り紙も作りました。春から夏に樹皮を剥いて水に漬けて腐らせ、秋になってから臼で搗(つ)き砕いて清水でよく洗い流すと、粘性のあるゴム状物質「本糯(ほんもち)」が残ります。もともとは灰白色ですが、空気にさらすと赤褐色になるので「赤もち」といい、ソーダで漂白すると「白もち」が得られます。
 鳥糯は、モチノキ、クロガネモチ以外にも、ナナミノキやイヌツゲなど多くのモチノキ属の樹木から採取できます。最も多量に鳥糯を含有しているのは本当のモチノキで、それに次ぐのがクロガネモチとタラヨウです。また、材は淡緑白色で堅く、緻密均質で狂いが少ないので小細工物に、とくにろくろ細工や櫛や印鑑の材料に適しています。
■老岳(おいだけ)神社と山頂から眺める天草の海と山
 中野の川から上野の川の集落を経て老岳(おいだけ:586メートル)に登る車道があります。老岳はなだらかなやさしい山容の山で、山頂までの距離は7キロメートルほどですから、海と山の景色を楽しみながら歩いて登っても2時間で到達します。車で上れば一息ですし、帰りは西の赤崎への車道を降れば有明海を見下ろす別の景色が楽しめます。この距離も約7キロメートルです。
 山頂の少し手前、野の川からの道と赤崎からの道が合流するあたりに老岳神社があります。社叢は見事なアカガシ林で、大きな常緑樹が茂った中に社殿が建っています。この神社のご神体は大きな岩で、海岸にあった大岩が神馬に乗って飛び移ったものと伝えられ、牡蠣殻(かきがら)が付着しているそうです。ここのアカガシ林は社叢だからこそ残された自然遺産で、県内では簡単に接することはできない種類の森林ですから、ゆっくりと自然の息吹に浸ってください。
 神社から歩いて5分ほどで山頂です。南には天草の最高峰・倉岳(682メートル)や龍ヶ岳、東には白岳・鋸岳の先に不知火を挟んで八代・芦北の山々が眺められ、北は天草松島から三角岳、その西に雲仙岳までの大きな眺望が楽しめます。
 このほか、立春には100万本の菜の花園の早咲きの菜の花が見事です。2月2日(土)には菜の花ウォーキングが行われ、高舞(たかぶと)山に登る5キロのコースと、九州百名山で有名な高さ397メートルの次郎丸岳に登る8キロのコースを歩きながら、一足早い春が楽しめます。

 近くには、「天草松島の松」、県指定天然記念物の樹齢300年以上の「永目神社の雀榕(あこう)」があります。

※「樹齢300年以上の永目神社の雀榕」はこちらから
http://www.kininaru-k.jp/bns/back_doc/06282007/roujyu.html


[案内図]
所在地:
上天草市松島町教良木(きょうらぎ)
 
国道324号を今泉から県道34号に入る。教良木小を過ぎた先の三叉路を大浦港に右折し、中野の川で農道を右折して300メートル先。
   

本文中の写真および地図については
(財)くまもと緑の財団発行の
「くまもとの老樹名木ガイド」より転載
詳しくはこちらから