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| 老樹名木は、数百年あるいは数千年以上も地域の人々の暮らしとともに生き続け、語り継がれる物語や伝説をはぐくんだり、ご神木として敬われたりして、人々の心のよりどころになっています。これらは、先祖から受け継いだ県民の財産として、子孫に守り伝えなければならない宝です。熊本の自然やそれにまつわる人々の思いなどを織り込み、熊本の代表的な「老樹名木」を連載で紹介します。 |
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| 今回は、玉名市岱明町(たいめいまち)大野下(おおのしも)にある、国指定天然記念物の「大野下の大蘇鉄(おおそてつ)」と菊池郡(きくちぐん)大津町(おおづまち)町(まち)にある、県指定天然記念物の「天神森(てんじんもり)の椋(むく)」を紹介します。
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| 樹齢1000年の大野下の大蘇鉄(玉名市岱明町) |
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■家族同様に生きてきた蘇鉄家の守り |
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| ソテツ 国指定天然記念物 |
樹齢 (推定)1000年
幹囲 11メートル
樹高 4.5メートル
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日本一といわれた大蘇鉄で、所有者の蘇鉄家が先祖代々大切に守ってきました。蘇鉄の精が白蛇の姿をしているとか、留守に家の中で機を織る音をたてて泥棒を防いだとか、不思議な話が伝わっています。 |
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■「蘇鉄の精」が宿る、優美な姿の老樹
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県下で最大、全国でも最大級のソテツです。どっしりと構えた根際から20本ほどの幹や大枝を四方八方に伸ばし、8メートル四方の玉垣の中から溢れんばかりに繁茂しています。樹勢は盛んで、青々とした葉を繁らせるさまは、羽を広げた孔雀(くじゃく)にも見える豪勢な姿です。あまりにもよく繁ったため自重を支えきれず、約20本の支柱で支えられています。
このソテツの所在地は「蘇鉄さん」という個人の住宅の庭ですが、家の方に挨拶してお願いすると、快く見学させていただけます。
樹齢1000年とも700年ともいわれるように長い年月を生き続けてきた老樹なので、数多くの言い伝えが残されています。「蘇鉄の精」が家を守るというのが基本ですが、最も有名な話は家人が田畑に出払っているとき妙齢の女性になって機(はた)を織り、その音がするため昔から盗難に遭わないという話です。現在では理解しにくい話ですが、戸締りもせずに家族全員が田畑の作業に出て、お客さんも泥棒も簡単に家の中に入れた時代には、このような留守番がいることはとても羨ましいことだったでしょう。
また、この家の美しい娘に多くの若者が結婚の申し込みをしたのに、娘は機織りを続けたまま、誰にも良い返事をしませんでした。その中の一人の若者が耐えられなくなって、娘の持っていた針を取り上げて娘の肩に突き刺したところ、娘は叫び声とともに消えてしまい、手元に残った糸を辿ったところ、庭のソテツの幹に刺さった針に繋がっていたという話です。それ以来、誰も居ないのに機織りの音がするという話もあります。
「蘇鉄の精」はこの樹の幹に住んでいて、ソテツの子株を無断で盗むと災いを呼ぶといわれ、盗んだ者が急に腹痛を起こして元の場所に戻したら治まったという話もあります。
蘇鉄家では大蘇鉄をとても大切にしておられます。草取りや施肥などの日常管理に細心の注意をはらい、初夏に古い葉を刈り取って新しい葉の育成を促す作業は、家族に加えて友人など十数人で丸一日かかる大仕事になるそうです。十数年前にシロアリの被害で大きな支幹を切り落としたときには、枯らしてはご先祖様に申し訳が立たないと祈る気持ちで処置をされました。
近くに、玉名市指定登録文化財の「安養寺の蘇鉄」と「西家の蘇鉄」があり、荒尾市増永には「正楽寺の蘇鉄」があります。また、平成19年2月に国の登録記念物(植物)に指定された玉名市の「菊池川堤防のハゼ並木」は、植物としては日本最初の指定です。
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[案内図] |
| 所在地: |
玉名市岱明町大野下
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JR玉名駅西側のループ跨線橋を渡り右折、県道112号に入る。中土三叉路を右折して300メートル先の細い路地の突き当たりが蘇鉄家。JR大野下駅下車徒歩10分。 |
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| 樹齢600年から700年の天神森の椋(菊池郡大津町) |
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■樹高15メートルを超える県内最大級のムクノキ |
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| ムクノキ 県指定天然記念物 |
樹齢 (推定)600〜700年
幹囲 7.8メートル
樹高 15メートル |
地元の人から「椋どんさん」と呼ばれて親しまれているムクノキ。幹の中は高さ6メートルほどの空洞になっていますが、樹勢は旺盛です。昔ここに天満宮が祀られていたことから、この場所を天神森といいます。 |
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| ■竜巻も受け止め、里村を見守る「椋殿様(むくどんさん)」 |
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ムクノキはニレ科の落葉高木で本州中部以南に分布し、県内でも平地と丘陵に普通に見られる身近な樹木です。幹は真っ直ぐに伸びて大きく枝を広げ、豊かに茂る葉の表面はざらざらしています。それは剛毛が密生しているからで、漆器(しっき)や鼈甲(べっこう)や象牙(ぞうげ)などの表面を磨くのに用いられてきました。
この樹は大津町の町(まち)という集落にあり、白川に架かる日暮橋(ひぐればし)から眺めると、人家の屋根を高く越えて聳えています。幹からは枝を四方に10メートルほど伸ばし、樹勢も盛んな県内で最も大きいムクノキの一つです。幹にはテイカカズラが這いあがり、根元にはヤブランなども生えていて、老樹の風格を引き立てています。
幹には高さ6メートルほどの空洞があり、数人の大人が入って座れるほどの広さです。また、そこから上を見上げると空が見えますが、これは安永年間(1772〜1981)の夏の暑い日に発生した猛烈な竜巻に吹き折られた痕だそうです。この竜巻は家々を壊すなど広い範囲で暴れ回った後、このムクノキのところで消滅したと伝えられています。
この地域のことを記録した「陣内史談」には、昔はここに天満宮が祀られていたこと、この宮は陣内玉岡の大宮社と一緒に祀られるようになったこと、ムクノキは跡地(天神森)に残り「椋天神」「椋殿様」と呼ばれ、ご神木として崇敬されたことなどが記されています。昔は毎年秋に「椋殿様まつり」が行われていましたが、現在は4月29日(昭和の日)に「椋天神まつり」が行われています。「椋天神保存会」も発足して、今なお地域の人々に親しまれ大切にされている「椋殿様」です。
近くに県指定重要文化財(建造物)の「江藤家住宅」があり、江戸時代から明治初期に建てられた建物が残り、公開されていませんが外部からもそのたたずまいがうかがえます。また、「椋殿様」の西400メートルの窪田日吉神社にはイチョウの大木があり、気根が何木も垂れ下がり、この木に触れると母乳の出が良くなると言い伝えられています。
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[案内図] |
| 所在地: |
菊池郡大津町町(まち)
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熊本から国体道路を東へ。白川を渡り右折して県道202号(瀬田線)へ。信号交差点を2つ過ぎたら農道を右折して白川河畔に向かう。
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