宮本武蔵は、墓だけでなく、その生誕の地についても、美作国(岡山県)の生まれであるとか、播磨国(兵庫県)の生まれであるなどの説があります。若いころから剣の道に入り、29歳くらいまでに60を超える剣の試合をしましたが、一度も負けることがなかったといわれています。
熊本には、1640年、肥後細川藩初代当主である細川忠利公の招きにより、客分として迎えられました。現在、熊本市千葉城町のNHK放送局前にある井戸は、武蔵が使用していたものと伝えられており、この一帯がかつて武蔵の家があった場所と考えられています。
武蔵は、亡くなるまでの約5年間を熊本で過ごし、自ら創始した二天一流の兵法書となる「五輪書」や「兵法三十五ヶ条」などを著すとともに、水墨画、絵画、彫刻などでも優れた作品を残しました。
ところで、2003年のNHK大河ドラマが、吉川英治原作の「宮本武蔵」に決定しました。これを機に、熊本県では、武蔵をテーマにした熊本の文化や観光を広く全国にPRしていきたいと考えています。 |
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「武蔵塚」
墓碑には「新面武蔵居士石塔」と刻まれています。 |
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