平成28年熊本地震で被災して以来、不通となっていたJR豊肥本線肥後大津駅~阿蘇駅の運転が令和2年8月8日に再開される。沿線の2軒の老舗に心境を尋ねると、「復興への大きな一歩」と期待の声。4年4カ月ぶりの全線開通により、阿蘇エリアへのアクセスがぐんと向上する。線路は地元の人たちの希望を背に、きっとたくさんの笑顔を運んでくれるはずだ!

阿蘇駅そばで40年営む喫茶 かつてのなじみ客を心待ちに

国道57号沿いに立つ「COFFEE PLAZA EAST」。JR阿蘇駅から歩いて約5分ほどの場所にある。(写真提供/ヒガシ写真場)

ふぅ、と深く息を吐ける空間。JR阿蘇駅そばの喫茶店「COFFEE PLAZA EAST」はそんな場所だ。モダンレトロなインテリアに、どこか懐かしさを感じる軽食メニュー。付かず離れずの気が利いた接客。日常の中で、少しだけ特別な時間を過ごすことができる居心地のよさがある。

いわゆる“カフェ”とはひと味違う、どっしりと落ち着いた雰囲気がこの店の魅力。小さく流れるクラシック音楽も心を穏やかにしてくれる。

この店を切り盛りするのは東慶一(ひがし けいいち)さんと妻のるみ子さん、息子の慶国(よしくに)さんご家族。昭和47年に慶一さんの母・クニ子さんが、夫の典男(のりお)さんのカメラ店に併設する形で喫茶を開業したのが店の始まり。現在の場所に移転したのは昭和56年で、「当時は駅周辺に複数の結婚式場や旅館、料亭が立ち並び、地元の人たちで栄えていました」と慶一さん。
鉄道を利用した旅行客の往来もあり、毎年5月に 仙酔峡 せんすいきょう のミヤマキリシマ(ツツジの一種)を見に来る人も。「阿蘇に来たらこの店を必ず訪ねる」と言うなじみ客も少なくなかった。観光や温泉を楽しんだ後に店に立ち寄って、コーヒーを飲んでから帰路に…という流れが定番だったそうだ。

先代の典男さん(写真中央)は進駐軍のカメラマンだった。写真館は現在も営業しており、阿蘇の自然の中での婚礼写真などを手掛ける。
昭和56年頃からメニューにある「ツナホットサンド」。具はツナとキュウリというシンプルな組み合わせ。
左から慶一さん、慶国さん、るみ子さん。写真館と喫茶店を通じて地元住民に長年寄り添ってきたご家族だ。

「物心ついた時から阿蘇駅は身近な存在だった」と話すのは息子の慶国さん。幼少期は駅周辺が遊び場で、中学時代は阿蘇駅から熊本市内の塾へ通っていたという。だから、「震災の影響で鉄道が不通になり、阿蘇駅とその周辺がすっかり静かになってしまって寂しく思っていた」とも。店に立っていると、駅周辺の人の流れの変化をひしひしと肌で感じるそうだ。
震災後にめっきり減少したのは海外からの観光客や、車のハンドルを握れなくなった高齢の方たち。東さんご家族は、この夏から阿蘇駅が再びにぎわいを取り戻すことを願っている。そうすれば懐かしいあの人たちがまた来てくれるかも、と。

阿蘇の郷土料理・高菜飯をアレンジした「石焼たかな飯」も人気。熱々の鍋肌から立ち上るおこげの香りが食欲を猛烈に刺激する一品。
コーヒーはあっさりとした軽めのオリジナルブレンド一筋。写真はたっぷりのホイップクリームを添えた「ウインナーコーヒー」。
慶国さんは「私たち阿蘇の住民も熊本市へ行きやすくなる。そういった面でもとても楽しみ」と話してくれた。
DATA

COFFEE PLAZA EAST/ヒガシ写真場

[所在地]阿蘇市黒川1561
[電話番号]0967-34-1366 
[営業時間]10:00~21:00
[定休日]木曜
[ホームページ]COFFEE PLAZA EAST/ヒガシ写真場のホームページはこちら(外部リンク)


立野駅の開業からずっとそばに 思い出つなぐ小さなまんじゅう

熊本地震前に建て替えていたため大きな被害は免れたという「ニコニコ屋」の店舗。取材当日は濃い朝靄(あさもや)に包まれていた。

朝7時頃、立野駅周辺に甘い香りが漂う。香りの出どころは駅前の「ニコニコ屋」。創業110年を超える老舗のまんじゅう屋だ。現在は3代目の髙瀬忠幸(たかせ ただゆき)さんと妻の清子(きよこ)さん、4代目で息子の大輔(だいすけ)さんの3人でまんじゅうを製造、販売している。

左から大輔さん、清子さん、忠幸さん。どうやら忠幸さんと清子さんは話し好き、大輔さんは聞き役のようだ。

「ニコニコ屋」は明治40年に菊池郡大津町で創業し、大正5年に立野駅の開設に合わせて駅前に移転。平成8年まで続けた駅のホームでの立ち売りが話題となり、地域の名物として観光客から長年愛されている。
看板商品の「ニコニコ饅頭」は直径4cmほどのひと口サイズ。酒かす入りの小麦粉の生地はしっとり、ふわふわ。食べるともちっとした食感で、中に自家製のこしあんが入っている。「時代の変化に合わせて甘さを少し抑えてはいますが、創業当初からの作り方を守っています」と話す忠幸さん。「ニコニコ饅頭」の名を考案したのは忠幸さんの祖父で、「まんじゅう食べて、ニコニコに」との思いが込められているとか。
忠幸さん家族は、定休日の火曜以外は毎日まんじゅうを作っている。朝4時に起床し、6時には作業場入り。生地をこね、あんこを包み、せいろで蒸す。粗熱(あらねつ)を取ったら8個をひとまとめにして2枚の経木(きょうぎ)で包み、輪ゴムで止めて一丁上がり! 親子の阿吽(あうん)の呼吸で小さなまんじゅうが次々と蒸され、包まれていく。作業がいち段落するたび、あれこれとおしゃべりする両親に、笑顔で相づちを打つ大輔さん。ホカホカと立つ湯気を背にしたあたたかい“日常”の光景に、見ているこちらも顔がほころぶ。

立ち売りをしていた当時の写真を見せてもらった。中央に座る坊主頭のあどけない子どもが、幼い頃の忠幸さん。
「こうやって首から下げ、『まんじゅう~まんじゅう~』と乗客に声をかけながらホームを歩いたものです」。
立ち売りで1日3000個ほど売れた“立野駅の定番”。現在は店頭と益城町のスーパー「よかもんね! ましき」で販売。
酒の香りが漂う生地と甘さ控えめなあんこのバランスが絶妙! 同行したカメラマンは1人で1パックたいらげた。

そんな「ニコニコ屋」の“日常”も、かつて途切れたことがある。平成28年熊本地震の「本震」で、立野地区が震度6強の揺れに襲われたためだ。店舗は大きな被害はなかったものの、忠幸さんと清子さんが暮らす店舗横の住まいは半壊。阿蘇大橋は崩落し、国道57号も通行不能となったため、大津町で暮らす大輔さんが両親の元へ駆けつけられたのは地震の2日後。大輔さんは「冷蔵庫や製造器具が倒れ、ガスや水道も止まった店を目の当たりにして廃業が頭をよぎりました」と当時を振り返る。
店を継続する力となったのは、思い浮かぶ常連客たちの顔。まんじゅう作りに欠かせない水を運んでくれた青年会議所や友人たちの後押しもあり、地震から約1カ月後には製造を再開した。亀裂が入った道を通り「まんじゅうありますか」と店を訪ねてくる常連客の声に支えられ、やっとJR豊肥本線全線開通の日を迎えようとしている。
震災前の立野駅は、“スイッチバック”の様子を眺められる駅としても知られていた。列車は急勾配を一度に走行できないため、車体を前後行させて進む運行方法だ。大輔さんは「私たちも諦めずに頑張り続ければ、少しずつでも前に進めるはず」と固い決意をのぞかせる。清子さんの「もうすぐ列車が戻ってくるね」との声に、忠幸さんが笑顔でうなずく。立野駅が再びにぎわう日を心待ちに、親子は今日もまんじゅうを作り続けている。

「ニコニコ屋」から見える立野駅の新しいホーム。スイッチバックの区間も復旧工事が完了している。
「ニコニコ饅頭」は1パック8個入りで税込400円。1つずつ手作りされる素朴な味が、1世紀以上にわたって愛されている。
DATA

ニコニコ屋

[所在地]阿蘇郡南阿蘇村立野1576
[電話番号]0967-68-0104
[営業時間]8:00~17:30
[定休日]火曜