熊本地震の震源地となった上益城郡益城町。地震直後の街を「怪獣が踏みつぶして行ったような光景でした」と振り返るのは、この地で代々お茶の栽培を行ってきた『お茶の富澤。』の4代目、富澤堅仁(とみざわけんじ)さん。一瞬にして街は姿を変え、店舗も全壊した。その絶望を乗り越え、復興に向けて歩みを進めてきた富澤さんの原動力に迫る。

自然の懐に抱かれた故郷で 土とお茶を育み続ける。

とみざわけんじさんの写真
震災によって、お茶の生産を止めた農家さんの茶畑を、富澤さんが引き継ぎ、今も大切に守り継いでいる。

穏やかな清流が流れる益城町の田園風景の中に『お茶の富澤。』はある。訪れたのは、今年の新茶の摘採(てきさい)作業が終盤に近づいた6月。早朝から製茶作業が行われていた工場は、畑から摘んだばかりの新鮮な茶葉を仕上げる蒸気に満ちていた。室温40℃という工場の中で、ひたすら製茶作業に没頭していたのが代表の富澤堅仁さんだ。

曽祖父の代から、代々この場所でお茶を育ててきた富澤さん一家。愛着のある益城の地で、茶畑を大切に育んできた。「物心ついた頃からずっとお茶は好きでしたね。父と二人でお茶の生産を行ってきたため、家業を継ぐことに何の抵抗もありませんでした」と富澤さんは話す。

工場近くの風景写真
製茶工場へと続く橋を渡る際、目に飛び込んできた風景。近くには潮井(しおい)水源があり、自然の懐に抱かれた中で『お茶の富澤。』のお茶は作られている。
工場の外観写真
熊本市内から約30分の距離にある『お茶の富澤。』の製茶工場。目と鼻の先には、富澤さんが丹精込めて育てたお茶の魅力を堪能できるカフェ兼ショップもある。

先代の引退と熊本地震という絶望の中、 生命力に満ちた新芽の風景に救われて。

新芽の写真
柔らかな新芽が一面に広がる“日常”に、心を救われたという富澤さん。「益城の町に恩返しをしたい」という思いで復興への歩みを進めてきた。

富澤さんに転機が訪れたのは、2016年の春。「2015年の暮れに父の持病が悪化し、年明けには手術をすることが決まっていました。そのため、僕が本格的に事業を継承することになっていたんです。そんな矢先に熊本地震に見舞われました。震源地は僕らの住む益城町。被害は言葉にならないほど甚大で、大切な思い出がたくさん詰まった街の景色は一変してしまいました。それはまさに映画の中で怪獣に踏み潰された街のようでした」と当時の様子を語る富澤さん。「『お茶の富澤。』の店舗は全壊。幸い工場の方のダメージは最小限で済んだものの、先代の居ない工場の中で無力感に襲われ、生まれて初めて絶望に近い感覚を覚えました」。

そうした中で思い立ったように茶畑へと原付バイクを走らせた富澤さん。「がれきを避けながら、なんとかたどり着いたその先にあったのは、生まれたばかりの新芽でした。その新芽が本当にかわいくて。当時の僕にとって、その光景は、代わらぬ“日常”そのものでした。それを見た時に、“迎えに来てね”と言われているように感じて、絶望という泥沼の中にいた僕は、心底励まされました。」

茶葉の加工の様子の写真
茶葉の加工は、200℃の温度で蒸すところからはじまり、乾燥、もむ、と大きく3つの工程からなる。新茶の摘採を行う繁忙期は、朝5時から翌日の朝方まで働くことも。
茶葉の加工の様子の写真
今年出来たばかりの一番茶も仕上がりは上々。丁寧に育てた茶葉の出がらしは、塩を散らして、お酒のつまみにしてもおいしい。
取材中、富澤さんご自身が入れてくれたお茶。澄み切ったお茶の後味は、まろやかで甘く、しっかりとしたうま味が感じられた。

人に向けていた矛先を 全て自分に向けると覚悟を決めた日。

店舗外観の写真
“子育てに疲れたら、ホッと一息つきに行ける場所でありたい”という願いを込めて再建したカフェ『Greentea.Lab』。子育て世代を中心に連日にぎわいを見せている。

「震災によって、心底しんどい思いを経験して、改めて自分の未熟さに気付きました」と富澤さんは口を開く。これまで父と作業してきた工場で、一人きりになった富澤さんは、今まで自分が重ねてきた経験は何だったのか、と自問自答する日々が続いた。「振り返ってみると、これまで仕事をする中で、何かトラブルがあると、土壇場で父のせいにしていた自分がいました。そのことに気付けたのは大きかったですね。それまで人に向けていた矛先を、全部自分に向けようと覚悟を決めました」。

そこから富澤さんの快進撃が始まる。“お茶で自分たちは何をしたいのか”と何度も問いを重ねた上で、震災から2年経った2018年7月には『Greentea.Lab(グリーンティーラボ)』として店舗を再建。「“こんな辺地によくお店を出したね”とよく言われますが、僕はここだから出したんです。僕らを育んでくれたこの場所への、せめてもの恩返しです」と笑顔を見せる。「店を再建した翌月、父は天国に逝ってしまいましたが、僕らの新たなスタートを見届けてくれたことを今でも深く感謝しています」。

茶葉の写真
しなやかで香り高い、朝採りの茶葉「奥緑」。茶葉の持ち味を最大限に生かす方法を追求する富澤さんは、品種や生育環境に応じて18通りもの育て方を実践する。
工場で作業している様子の写真
先代と切り盛りしていた『お茶の富澤。』 現在、店舗も合わせて従業員は15名ほどに拡大したものの、製茶工場は富澤さん一人で管理し、品質保持を徹底している。

震災以降、全国各地で開催されるお茶のイベントにパネラーとして呼ばれることも少なくない富澤さん。お茶へ注ぐ深い愛情と、チャレンジ精神あふれる富澤さんならではのユニークな視点が注目を集めている。さらに、今年1月に東京で開催された「国産お茶フェス2020 in 東京 withカンファレンス」で、初参加ながら「緑茶王」の受賞を果たす。富澤さんが丹精込めて生み出すお茶の味はもちろん、その人柄にほれ込んだ飲食店やファッションブランドなどからのオファーも後を絶たないという。「僕にとってお茶は、家族であり、相棒であり、人生そのもの。ものづくりの感覚でお茶と向き合えば、飲んでくれた人の心を動かせる。新しい喫茶文化を創造し、世界中の人へお茶の魅力を伝えていきたいです」と抱負を語る。止まることなく進化を続ける富澤さんから、今後も目が離せない。

※緑茶王…全国各地から届いた100種類以上の茶の中から、来場者の人気投票で選ばれた賞

DATA

『お茶の富澤。』

所在地|熊本県上益城郡益城町小谷102

電話番号|096-286-2231

営業時間|10:00~17:00

定休日|火曜・第3日曜

店舗外観の写真
DATA

日本茶専門店『Greentea.Lab』 (グリーンティー・ラボ)

所在地|熊本県上益城郡益城町小谷47

電話番号|096-286-5566

営業時間|10:00~17:00 ※ランチは11:00~なくなり次第終了

定休日|火曜・第3日曜