熊本県は、優れた漫画家を多く輩出していることをご存知でしょうか? 今年、「手塚治虫文化賞」のマンガ大賞を受賞した作品『ニュクスの角灯(らんたん)』の作者・高浜寛(たかはまかん)さんも、実は熊本出身。現在は、自身の生まれ故郷であり、受賞作にも登場する天草に拠点を構えつつ、海外での取材・制作活動も意欲的に続けられています。今回は、世界中に根強いファンを持つ高浜さんの人柄や作品の制作秘話、更には内に秘めた思いに迫ります。

物語の豊かな世界観を育むのは、 世界を取材する飽くなき探求心

2020年の手塚治虫文化賞「マンガ大賞」と2018年の文化庁メディア芸術祭マンガ部門「優秀賞」を受賞した、天草在住の漫画家・高浜寛さんの作品『ニュクスの角灯』。編集部は、まず、「高浜寛のマンガに登場するアイテムで読み解く19世紀末(ベル・エポック)-『ニュクスの角灯』、『蝶のみちゆき』…」展に赴いた。

展覧会は、作中に登場する洋服をはじめとする貴重なアンティークコレクションを軸に、当時のパリや日本にまつわる詳細な資料、高浜さんの人柄がにじむ名物コラム「Cabinet of Takahama」など盛りだくさんの内容。原作ファンはもちろん、そうでなくてもさまざまな方が楽しめる展示となっていた。

『ニュクスの角灯』(全6巻)は、パリ万博の開催された1878年(明治11年)を主な舞台に激動の時代を生きる人々の姿が鮮やかに描かれている。
熊本市現代美術館で開催された展覧会の様子。会場には、高浜さんの私物であり、原画に登場する着物やドレスなどのアンティークコレクションが並んだ。
デビュー当時からフランスをはじめ国内外を旅しては、独自の視点で取材を進め、自らのマンガ道を究めてきた高浜寛さん。

作品の世界観を支える重要な要素が散りばめられた展覧会を通じて浮かび上がってくるのは、高浜さん自身が時代に寄り添い、知ることを楽しむワクワク感と、世界中を飛び回り時代を掬い(すくい)上げる丁寧な取材ぶり。「取材の仕方が、シナリオの8割を決めると思っています」と話す高浜さん。読み手を引き込む豊かな世界観や、躍動感のあるストーリーは、持ち前の探求心を原動力とした丁寧な取材のたまものなのだ。

登場人物たちの成長物語を追体験 激動の時代を描いた“長崎3部作”

クラフト紙に書かれているのは、高浜さん直筆の1878年(明治11年)の世界地図。当時の人の日記や資料から読み解いた緻密な取材メモを元に、シナリオは構築されている。

「幕末から明治にかけては、人々の生き方や尊重すべきものなど世界が一変した時代です。わかりやすい例で言えば、戦前・戦後くらい、人々の生活様式に変化があった時代ですから、そこを描いてみたいと思ったのがきっかけで『ニュクスの角灯』は生まれました」と当時を振り返る高浜さん。
明治期に生きる一人の少女の飛躍にフォーカスした『ニュクスの角灯』は、1878年(明治11年)が舞台。前作『蝶のみちゆき』から、『ニュクスの角灯』を経て、現在連載中の『扇島歳時記』で完結する“長崎3部作”の一つだ。「当初は、3部作にするつもりはなかったのですが、物語を描き進めるうちに意欲が湧いてきました(笑)」と高浜さん。世界の歴史や時代、人々の“今”を織り交ぜながら、侍文化から西洋の文化へと移り変わる1865年~1879年の長崎と、パリの様子を描いた連作は、ストーリーとともに登場人物の成長物語も見どころだ。たとえば『蝶のみちゆき』で子どもだった登場人物は、『ニュクスの角灯』では主人公にとって頼れるお姉さん的な存在として登場し、最新作『扇島歳時記』では主人公としてスポットライトを浴びている。“ストーリー性”とひと言でくくるには余りある、作者の登場人物に注ぐ深い愛情を感じて、何度でも読み返したくなる魅力に満ちている。

『ニュクスの角灯』の舞台である1878年(明治11年)頃のアイテムを探しては、自身のコレクションとして迎えていた高浜さん。「手に入れるとモノの方が語り出す」がポリシーだ。
主人公・美世(みよ)の衣装として描かれている、アンティークのドレスと羽織。西洋と日本の文化がミックスされた着こなしは、ファッションの歴史という観点でも興味深い。

人生はずっと同じではいられない。 そのことを登場人物の姿を借りて描いていきたい

出展作品の解説(手書き)からオリジナルグッズの制作まで自ら行った高浜さん。漫画家の枠にとらわれず、何にでも挑戦する飾らない人柄も大きな魅力の一つ。

大学在学中に描いた作品が、第1回ガロ大賞で佳作を受賞したことがきっかけでデビュー。以来、人生の半分をマンガ家として歩んできた高浜さん。デビュー間もないころから、海外からの評価も高く、著作の多くがフランス語に翻訳されている。大学で現代アートを学ぶ傍ら、デビューした高浜さんに、マンガ家になると決めた理由を尋ねると「絵を描くことは好きでしたが、物心ついた頃は“マンガ=オタク”という見方が根強かった時代。マンガ家にだけはなるまいと思っていました。私はずっと靴職人になりたかったんです。でも、靴作りについて学ぶ機会もなければ、親にも反対されてしまい、就職活動もしっくりこないという時期がありました。そんな時、居酒屋で落書きみたいに描いたマンガを見た友人が“面白いじゃん”と、第1回ガロ大賞への応募を後押ししてくれたのがデビューのきっかけとなりました。ガロ大賞はその後、マンガ界の登竜門的存在になっていましたね」。瞬く間にデビューすることとなった高浜さん。アシスタントとしての経験もなかったため、コマ割りの教科書にしていた愛読書と、フランスで出会った作画家たちにマンガを見てもらったことが今につながっているという。「人生はずっと同じではいられない、そのことを色々な登場人物の姿を借りて描いて行きたい」と静かに語ったその言葉は、マンガ家として彼女が送り出す、世界へのメッセージのように思えてならなかった。

「歴史の面白さは、調べていく内に教科書に書かれていない史実を発見する瞬間にある」と高浜さん。それらは当時の人々の日記や写真の中からみいだすこともあるとか。
「気になる!くまもと」の読者の方へ特別に書き下ろしてもらったサイン色紙。高浜さんの温かな気持ちが伝わってくる、丁寧なサインに思わず感激!