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昔から、家庭で作られてきた素朴なおやつ  『いきなり団子』は、熊本を代表する郷土菓子。熊本ではもともと各家庭で作られていた定番の「おやつ」で、サツマイモを約1cm幅ほどの輪切りにし、その上に粒あんをのせ、小麦粉を練ってのばした「団子」で包んで蒸したもの。素朴ながら、サツマイモのほんのりとした甘さと粒あんの香ばしさ、そして、もっちりとした皮のバランスが絶妙で、今も熊本県民に愛され続けています。 「いきなり」遊びに来ても大丈夫!  "いきなり"とは、熊本の方言で「簡単」「手軽」「直接」という意味を持ち、お客さんがいきなり来てもパッと出せるようにという由来もあります。テレビで紹介されたり、人気漫画に登場したことで広まり、今では全国にもファンが。冷凍したものをお取り寄せすることも可能です。 始まりは、もっとシンプル!サツマイモのみ!  実は、昔の『いきなり団子』にはあんこは入っておらず、サツマイモを小麦粉の皮で包んだだけの、さらに簡単に作ることができる素朴なおやつでした。今では白あんが使われたものや、紫イモを使ったもの、小麦粉の生地に黒糖が練りこまれたものなどバリエーション豊か。お土産に持ち帰ることも可能ですが、ぜひ一度、物産館などで蒸したてのアツアツを食べてみて!口に頬張った瞬間、ほっぺが落ちること間違いなし!!
江戸時代は、幕府の献上品。製法も門外不出!  熊本銘菓の中で、もっとも古い歴史を持つお菓子の一つ、『朝鮮飴』。作られ始めたのは江戸時代で、400年以上の歴史があるといわれています。当初は、日持ちの良さから「長生飴(ちょうせいあめ)」と呼ばれていたそう。熊本の大名であった加藤清正公が朝鮮出兵の時に持参したとき、時間が経っても味や食感が変わらず、兵士たちの力の源にもなったことから『朝鮮飴』と呼ばれるようになったという説も残されています。江戸時代には、幕府などへの献上品として製法も細川藩が管理し、大衆が買うことは許されていませんでした。 明治維新の偉人も、おいしさを絶賛!  長い歴史を持つ『朝鮮飴』は、明治維新で活躍した大久保利通からも絶賛されたと伝えられています。大久保利通は、薩摩藩士の子として生まれ、明治新政府でもリーダー的存在で、重要な役割を果たした人物。彼は、「透明にして風味甘美」「製法老熟の妙あり」と『朝鮮飴』を称えました。新しく生まれ変わる日本を率いる激務の中、『朝鮮飴』がひと時の癒やしを与えてくれたのかもしれません。   「飴」だけど、もちもちでやわらか~い  当初は、材料に玄米と黒砂糖が使われ、褐色でしたが、現在はもち米と水あめ、そして白砂糖の3つで、美しい乳白色と上品で食べやすい短冊形が特長です。名前に「飴」と付いていますが、食感はお餅のようにしっとりとやわらか。飽きのこない、ほんのりとした素朴な甘さが、数百年もの間愛されている理由です。